福島地方裁判所 昭和25年(行)41号 判決
原告 星辰次
被告 福島県知事
一、主 文
被告が福島県岩瀬郡大里村大谷竹太郎の申請に対し昭和二十五年十月三日附福島県指令第一五三一号でした別紙物件目録記載の農地の賃貸借解約許可処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は、主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は、昭和十七年ころから別紙物件目録記載の農地を訴外大谷竹太郎から賃借耕作してきたところ、同訴外人は、右賃貸借解約許可申請書を大里村農地委員会に提出した。同委員会は、小作証書により、右賃貸借は、一時賃貸借でないものと認め、右農地取上は不適法であると決定した。然るに被告は、大谷竹太郎の前記申請に対し、昭和二十五年十月三日附福島県指令第一五三一号で、これを許可する旨の処分をし、原告は、同年十一月初旬ころ右処分のあつたことを知つた。しかし、本件農地は、原告方の田の呼水田として、原告にとつては必要欠くべからざるものであり、且つ大谷は、本件賃貸借を解約する正当の事由を有しないものであるから、右許可処分は違法である。よつてその取消を求めるため、本訴を提起したのであると述べ、なお、原告方は、田一町四反歩余(うち自作七、八反歩、小作六、七反歩)畑七反歩余(うち自作三反歩、小作四反歩)を耕作し、山林三町歩を所有する専業農家で、家族は、原告夫婦、原告の母、長男夫婦、孫などで、九人であり、原告夫婦と長男夫婦の四人が農業に従事している。家畜は、馬三頭、緬羊三頭、山羊一頭、ほかに鶏五十羽を飼育している。大谷竹太郎は、村内の資産家で、田一町二、三反歩、畑七、八反歩、山林十町歩位を所有しているが、同人は、政治家で、二十代から村会議員などの職につき、現在も、岩瀬郡家畜協同組合長であつて、その合間合間に農業に従事するに過ぎず、農耕作業の六割以上は、作男や日雇でやつている。その家族は、大谷夫婦、父、息子夫婦、孫などで七人あり、馬一頭、山羊一頭を飼育している。供出米は、原告は四十一、二俵、大谷は五十俵余であると附演した。(証拠省略)
被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の事実中、大谷竹太郎が、昭和十七年一月本件田を原告に賃貸したこと及び大谷が、右賃貸借解約許可申請を大里村農地委員会を通じて被告に提出し、被告が原告主張の日右申請を許可したことは、これを認めるが、大里村農地委員会が、右賃貸借は、一時的なものでないから、取上は不当であると決定したことは、これを否認する。大谷方では、本件田のうち、三十四番と三十六番の二筆は大正十一年から、また三十五番の一筆は、七十余年間、自作してきたもので、昭和十六年末までは、田一町七反、畑一町ほどを自作していたが、主要な働き手である長男武敏、二男武嗣がやがて相次いで兵役に服さなければならない見込であつたのに、そのころの情勢では、にわかに人手を求めることも、他に小作に出すことも困難であつたから大谷は、あらかじめこれに備えて、やむなく耕作面積を縮少することとし、永年自作してきた惜しい田地ではあつたが、両児の帰還するまでという約束で、一時これを原告に賃貸したものである。武敏は昭和十九年二月、武嗣は、同年八月それぞれ応召し、武敏は戦死したが、武嗣は終戦後帰還して、亡兄の遺妻と婚姻し、大谷を扶けて百姓をすることになつたので、本件農地が必要となつたのである。大里村農地委員会は、可否いずれも決定しがたいとの意見を付して、大谷の解約許可申請書を被告に進達したのであるが、被告は、次の理由で、右申請を許可したものである。
(一) 大谷、原告は、ともに専業農家であるが、大谷は、田一町八反三畝二十三歩、畑八反六畝二十五歩、山林十町七反、宅地、住宅を所有し、耕作面積田一町一反五畝二十三歩、畑八反六畝二十五歩、原告は、田五反九畝二十二歩、畑七反二畝十一歩、山林三町歩、原野三畝歩、宅地、住宅を所有し、耕作面積田一町四反一畝歩、畑七反九畝五歩で耕作面積は、原告の方が多く、殊に田は、約二反五畝歩も多い。
(二) 家族の員数は、大谷の方は、八人で、農業労働力は、男三人、女二人計五人、原告の方は、七人で、農業労働力は、男二人、女二人計四人で、家族の数も、労働力も大谷の方が一名多い。
(三) 本件田一反六畝二十六歩が、原告から大谷に移ることになれば、耕作田の面積は、大谷一町三反二畝十九歩、原告一町二反四畝四歩となつて、大谷の方が八畝歩ほど多いが、両家の家族数や、労働力を対比すれば、これで略均衡となる。
(四) 本件賃貸借の解約により、原告方の相当な生活の維持が困難となることはない。
(五) 農業労働力や、自作となる関係などからして、大谷に自作させる方が、原告に小作させるよりも、収穫効率が上である。
以上の事情を考慮した上、被告は本件許可処分をしたものであるから、右許可処分は正当であると述べた。(証拠省略)
三、理 由
大谷竹太郎が、昭和十七年ころ本件田三筆を原告に賃貸したこと及び大谷が右賃貸借解約許可申請書を大里村農地委員会を経由して被告に提出し、被告は、昭和二十五年十月三日附福島県指令第一五三一号で右申請を許可したことは、当事者間に争がない。
被告は、本件賃貸借は一時的のものであると主張するが、証人大谷竹太郎の証言中、右主張にそう部分は採用しかたく、他に右事実を認めしめるに足りる証拠がない。かえつて証人矢吹幸三郎の証言によれば、右は一時賃貸借でないことが明らかである。
次に、大谷の右解約許可申請につき正当の事由があるかどうかを考えるに、証人矢吹幸三郎、須賀重良及び大谷竹太郎の各証言に当事者弁論の全趣旨を総合すると、大谷は、前に大屋村長であり、目下は居村農業協同組合の組合長で、現に田一町八反三畝二十三歩、畑八反六畝二十五歩、山林十町七反歩、宅地一反歩を所有し、その税額は一年金五万円位で、居村有数の資産家であり、昭和二十五年ころの耕作面積は、田一町一反二十三歩、畑八反六畝二十五歩、その家族数は七人、稼働人員は、大谷を加えて四名、農業施設としては、農馬二頭、モーター附脱穀機を有し、精麦精米の設備も完備して、昭和二十五年度は米五十三俵を供出したこと、原告方は、田五反九畝二十二歩、畑七反二畝十一歩、山林三町歩を所有し、田一町四反歩余、畑七反九畝歩を耕作する専業農家で、家族数は九人、うち農業に従事する者四名、農馬三頭を飼育し、農業用発動機を施設し、昭和二十五年度は米四十七、八俵を供出したこと、大里村農地委員会は、大谷から提出された本件賃貸借解約許可申請に意見を付して、被告に進達するため、大谷と原告を呼び出し、双方の言分をきいたところ、大谷は、本件賃貸借は一時貸であること及び自家保有米の不足をあげ、原告は、一時賃貸借の事実を否認し、且つ本件田は、苗代としてぜひとも必要であると主張したこと、前記農地委員会は、全員一致で、大谷の申請は、許可すべきものでないとの結論に到達したことが認められる。もつとも乙第一号証によると、村農地委員会においては可否いずれとも決定しがたいとの意見を付したことになつているが、証人矢吹幸三郎の証言によると、同号証は、前記農地委員会書記が、委員会の前記意見を無視し、ほしいままに作成した書面であることが明らかであるから、その記載内容は措信しない。
以上に認定した事実によると、大谷は、自作を相当とすることを理由として、本件解約許可申請をしたものであつて、自作をするに必要な施設を有し、自作によつて、原告が小作すると同一程度の生産をあげ得ること、本件賃貸借の解約により原告の生活は、それだけ低下するであろうが、相当な生活の維持はさまで困難となるものではないこと及び大谷は、経済的には遙に原告より優位にあつて、必ずしもこれを自作しなければならないほどの必要はないことが明らかである。
ところが、農地調整法の最大最終の目的が、耕作者の地位の安定及び農業生産力の維持増進を図るにあるこどはいうまでもない。賃貸人は、必ずしも自作しなければならないほどの必要がなく、また賃借人が解約されても、相当な生活の維持がさまで困難にならないような場合には、賃借人がこころよく合意解約に応じたときはともかく、そうでないときは、農地調整法の前記目的にかんがみ、解約許可申請は、これを許可すべきものではないと考える。いいかえれば、自作を相当とするとの事由で解約を許可するには農地調整法施行令第十一条の規定にあげている事情に該当するほか、なお賃貸人が、生活上その他の事情により、相当高度に自作を必要とする場合であることを要し、単に自作すれば、その生活がより向上されるというような事情に過ぎないときは、許可すべきではない。このような観点からすると、本件許可は、地主である大谷の擁護に傾き、耕作農民である原告の地位の安定を閑却したうらみあるをまぬかれがたく、農地調整法の前記目的精神に背反する違法のものといわなければならない。
よつてその取消を求める原告の本訴請求を正当と認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 黒江清 唐松寛)
(目録省略)